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行橋Rホテル──前編──

 普段、心霊体験をしても、特に怖いと思ったことがない藤白が、はじめて「やばい」と思った体験。

 

 この日、藤白はジュエリーの展示会の為、行橋を訪れていた。

 年に一度、必ず開催される展示会なので、宿泊先もいつも同じホテルをとっている。

 このホテルでは幽霊がでるなんていう噂は一切ない。

 もちろん、藤白も五年以上このホテルに宿泊させてもらっているが、心霊体験をしたことは一度もない。

 

 安心しきっている時に限って……起こるもんなんですねぇ……

 

 展示会では、毎年必ずお見えになるお客様が何十名もいる。

 その中の一人に、霊感の強い女性がいるんですが、今回、その方。

 会場に入ってこられた時から、なんだか妙なんです。

 いつも明るく、楽しい方なのですが、何故か、挙動不審。

 目をあちこち彷徨わせ、猫背になって怯えたような顔をしている。

 

 藤白、なんとなぁぁぁくイヤな予感がしたので、得意先の担当者や、うちの営業に接客を任せることにしたんですよ。

 

 け・れ・ど

 

 彼女は真っ直ぐ藤白に向かって突進してきた。

 

お客「ねえ、藤白さん。水晶の指輪ない?」

藤白「うちはダイヤやサファイアメインだからねえ……水晶系のジュエリーもないことはないけど……多分、欲しいのはまん丸な水晶の玉がセッティングされたものでしょう?」

お客「そうなの! ジュエリーっていうよりも、本当にただまん丸の水晶がセッティングされたお守りになるような指輪が欲しいの」

藤白「……また、何かつけてきましたね」

お客「そうなのよぉ。今回、何をやっても祓えなくて、困っててさあ」

 

 この時、藤白自身は気がつかなかったのですが、あとから営業たちに聞いた話によると、彼女が藤白の体や手を触れようとするたびに、藤白は無意識に避けていたらしい。

 わずかに触れただけでも、静電気がパチンッと鳴るくらい酷い状態だったので、藤白の頭に「近づいちゃだめだ」と警鐘が響いてはいました。

 

 とはいえ、大事なお客様。

 藤白はプロパー商品をたくさん持っている問屋の社員を捕まえ、彼に接客させることにしたわけなのですが……

 

藤白「水晶の指輪ある?」

問屋「ありますけど……結構クラック入ってるものしかないんですよね」

藤白「それでもいいから、一応、お客様に見せてあげてよ」

問屋「わかりました」

 

 問屋の社員がお客様に指輪を持っていき、接客する。

 お客様が指輪ははめる。

 

お客「うーん……ヒビが入りすぎじゃない?」

問屋「はい。地金部分は18金イエローゴールドで、水晶も天然なんですけど……」

お客「こーゆーのって、パワーストーンとかでもあるけど、私、ひび割れが入っているのはいらないの」

 

 そこで指輪を外したお客様は、なぜか藤白のほうへやってきて、指輪を差し出す。

 

お客「ごめん。こーゆーのじゃないんだ」

藤白「いや、これ。うちのブランドの商品じゃないからね!」

お客「知ってるー。なんとなく、藤白さんに返しとけばいいかなって思って」

 

 魔除けだと言われる水晶。

 水晶の中に負のオーラを閉じ込め浄化させるという効果もあると言われています。

(よく水晶のブレスを身につけていると、だんだんと水晶が曇っていきますよね。しかも、浄化用の石を使っても、透明度が戻らないのは、負のオーラを取り込みし過ぎて、もうこれ以上は無理という状態になっているからだとも言われています)

 そんな素敵な効果のある水晶ですが……

 これ、藤白の持論なんですけどね。

 クラック(ひび割れ)が入っているものって、割れた部分に霊や負のオーラが入り込みやすいぶん、出てもきやすいわけです。

 だって「割れて」いるんですから。閉じ込める要素まったく「0」ですよね?

 だから、何か怪しいものを憑けてきたお客様が触った時点で嫌な予感がし、さらに、藤白に差し出したことで、嫌な予感は倍増。

 

 案の定、指輪を受け取った途端、背筋がゾクリとし、誰かに見られている気配を感じた藤白。

 思わず背後を振り返る。

 だが、背後は壁しかなかった。

 

藤白「なに憑けてきたんですか?」

お客「ちょっと神社にいったら、ちょっと……ねえ。あ! なんか体が軽くなった! ありがとう」

 

 ニコニコ笑顔を見せる彼女は、入ってきた時とはうってかわって背筋よく立ち、晴れやかな顔をしていた。

 そして、気前よく、新作ジュエリーをセットで買ってくれたわけですが──

 

 このあと、ホテルで恐ろしい目に遭うことに……

 

 後編へ続く